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福岡高等裁判所 昭和25年(う)306号 判決

被告人

高野直嘉

外一名

主文

本件控訴は何れも之も棄却する。

理由

中川弁護人の控訴の趣意第一点、梅木実弁護人の同第一点の一に付いて

原判決挙示の証人武石邦雄、大平三七雄、羽生正之の各証言、証検第六十七号(農林省農政局長の通牒写)を綜合すれば農地を新制中学校建築の敷地として強制収用する場合には、行政庁の方針に基き、予め農地委員会の意見を徴しなければならないとの全国的の慣行があり、現在励行されていること極めて明白である。然らば、斯る場合、農地委員会において意見を具申することは、農地調整法等に基く法定の権限でないこと所論の通りであるとしても慣行に基く権限であり、従つて右委員会を組織している被告人等の職務の範囲に属するものと謂うべきであるから本論旨は理由がない。

(弁護人梅木実の控訴趣意書)

第一、本件は原判決によつて二つに分つことができる。

一、被告人は、玖珠郡南山田村農地委員会委員であるところ、同郡同村大字町田梅木時蔵外四人の所有にかかる同郡同村大字同字樋掛所在の農地が、南山田村立新制中学校の建築敷地として、同村議会に於いて内定したるにより、右農地を学校敷地として開放すべき計画についての必要上、予め事前に村当局から右農地委員会に右可否につき諮問することの慣行あるにつき、前記敷地の確定、変更並に土地収用についての意見の地主側に有利な如く作成方の申込を受け右農地を学校敷地とすることについての変更、土地収用等に関して、便宜なる取扱いを受くることの請託趣旨を諒知の上、提供する金員なることの情を知りながら、右事務に関して、現金を収受したものであると判示した。

然し、学校敷地にからむ本件行為は敷地としての選定確定に伴つて行われたものでなく、村当局が土地収用法によつて収用しようとする意思が、判明した為め行われたものであることは、一件記録によつて明らかであり、押第一号の二に基くものである点より明らかである。

右押第二号の二作成の為め現金収受が行われた事実から、右判示事実を要約すれば、本件土地を中学校敷地として開放する計画、即ち土地収用法による収用について、予め事前に村当局から農地委員会に之が可否につき諮問することの慣行があるので、被告人が土地収用に関し、便宜な取扱を為し情を知りながら、金員の収受をしたので、収賄罪に該当すると言ふにあるようであり、従つて、土地収用について、予め事前に村当局から諮問さるゝ慣行がなければ、本件犯罪は成立しないとの趣旨が窺知される。

しかしながら、一体「土地収用について村当局から、農地委員会に、可否の諮問をする慣行あり」との原判決は何によつて判定したのか。

元来、我国に於いて、新制中学校の敷地を、土地収用法によつて収用した例は、極めて稀であつて、其の例一、二に過ぎず、大分県下には未だ其の例を見ない。

斯のように稀な場合に、慣行などあり得よう筈のない現下の実状下で、「諮問をする慣行あり」と言ふ原判決は事実を無視した空論である。否敷地の選定決定、又は変更に付いて慣行があることを直ちに収用法による収用にも、此慣行があると速断したものであらう。

敷地が耕地である以上、農地委員会の議を経なければならないことは、農地法規の精神から当然であつて、従つて農地委員会え諮問する慣行のあることは、判示を待たずして明らかである。然し、斯くて決定した敷地に対し、地主がその提供を拒んだ結果、法の力を以て、強制的に収用する場合、農地委員会の関与する余地はない。即ち、押第一号の二のような、意見書は何等の意味もないものである。斯く考えるとき、既に収用法によつて収用すべく、大分県知事の地目の告示があり、唯、収用審査会の議決を待つばかりとなつていた本件土地に付、農地委員会の関与する部分は残されていなかつた。従つて村当局から諮問を求められたとき、押第一号の二のような意見を具申しても、之に農地委員会としては必要のない権限外の行為である。

尤も、南山田村長武石邦雄、大分県庁職員大平三七雄、羽生正之の各証言の中には、右慣行があるかの如き言辞を用いた点があるが、之は右三証人共、新制中学校の敷地に対する土地収用といふ前例のない、未経験のことを、想像的に陳述したものか、敷地の選定確定に付ての諮問、慣行を収用の場含にも尚ありと不用意に陳述した誤証であるとしか思われない。

従つて、土地収用について村当局から、農地委員会に可否の諮問をする慣行ありと決定してその結果、此のような諮問に対する意見具申も、農地委員の職務権限に属するものとした原判決は、誤りであると思惟する(後略)

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